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中山道 鳥居峠越え

4月29日
飯田やまびこマーチの次の日、私は奈良井に居ました。
この日、中央線の奈良井駅で、JRさわやかウォーキングがあるのです。
長野まで来てるし、奈良井宿は、ずっと行ってみたい場所だったので、やまびこマーチが終わった後、塩尻でもう1泊しました。
塩尻では、やまびこマーチの疲れのせいか、到着後すぐに寝ちゃったので、観光は全然出来ませんでした。。。(^_^;)

今回のコース
『中山道 鳥居峠越え』
奈良井駅→奈良井宿→鳥居峠→日野製薬→藪原神社→道の駅「げんき屋」→薮原駅
コース距離:10.7キロ

奈良井宿
 
奈良井宿

奈良井宿。
奈良井川沿いを緩やかにくだりつつ約1キロにわたって町並みを形成する、日本最長の宿場です。

わぁ~\(^o^)/
すごく味わいありますね~
なかなか来れなかった場所だけど、やっと来れて感動です。

奈良井宿

水場が、何箇所かにありました。

少しコースアウトして「木曽の大橋」へ。

奈良井宿

奈良井宿

樹齢300年以上の木曽檜づくりで橋脚のない橋では、有数の大きさを誇るそうだ。
素晴らしい☆

奈良井宿を通り過ぎると、いよいよ鳥居峠越え(-_-;)
山道苦手だから、ちょっくら心配です。

鳥居峠

階段を上がって、いよいよ峠道。

鳥居峠

鳥居峠。
右上 鳥居峠 左下 奈良井宿

鳥居峠

昔の人も、この道を行き来していたんですね~
明治天皇も、江戸に向かう時に、この道を通ったとか。。。
途中雨で道が崩れている所などもあったりして、なかなか険しい峠道でした。

鳥居峠

葬沢(ほうむりさわ)は、天正10(1582)年2月、木曽義昌が武田勝頼の二千余兵を迎撃し、大勝利を収めた鳥居峠の古戦場です。
この時、武田方の戦死者五百余名でこの谷が埋もれたといわれ、戦死者を葬った場として、葬沢と呼ばれるようになりました。

汗だくだくで歩いて、やっと峠の頂上に着いた。

鳥居峠

山に抱かれた奈良井宿。

ここで事件発生☆
頂上にあったトイレに入ったのだが…
鍵が壊れていたらしく、トイレに閉じ込められて、出れなくなった(>_<)
握力ほとんどないし、自分の力では何とも出来なくて、ドアをドンドン叩いて助けを呼んだ。
そしたら外に居た人に気が付いてもらえて、助け出してもらえた。
いや~一人だったらと思うと。。。怖いですね~~~
すごく焦りました。

気を取り直して、コースに戻ります。

鳥居峠

クマよけの鐘が、何箇所かにあった。
リアルに熊出るんだぁ。。。(^_^;)

鳥居峠

下り坂も、何気に足に負担が掛かって、しんどい。。。

中央線

かなり下ってきました。
中央線が見えました。

木曽川

木曽川。
私たちの良く見る木曽川は、とても広くて大きな川なんだけど、随分イメージが違います。

日野製薬

峠の麓にあった日野製薬。
この辺りでは、まだ一重の桜が咲いていました。
飯田よりさらに北ですものね~
こちらの春は、少し遅いようです。

薮原駅

薮原駅でゴール。

今回は峠越えはしんどかったけど、10キロ程しか歩いてないので、それほど疲れなかった。
トイレに閉じ込められた時は、焦りましたけど。。。
なかなかハードだったけど、良いコースだったと思います。

薮原駅より電車に乗り、再び奈良井へ。

奈良井宿

奈良井宿

観光客でにぎわってました。

奈良井宿

ツバメ達がたくさん居ました。
たぶん居心地が良いんでしょうね~

奈良井宿

五平餅やおやきを食べました。
こちらの五平餅は、タレにゴマがたくさん入っていて、とても美味しかったです。


4月27日から29日の3日間。
お天気にも恵まれ、いっぱい歩けました。
3日間で歩いた距離は、60キロ位になるんじゃないかな。
自然の中をいっぱい歩けて、大変だったけど、すごくリフレッシュ出来たような気がします。
名残惜しいけど、長野を後にします。

アルプス

今度この景色が見れるのは、1年後位かな???
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くりさまへ

おはようございます。
コメントありがとうございます♪

奈良井は、ずっと行ってみたかった場所で、行けて良かったです。
鳥居峠の事は、今回行ってみて、初めて知りました。
峠越えは大変だったけど、昔の人もこうやって歩いていたんだなって思いながら歩いてました。
昔はわらじだったから、ざぞかし大変だったでしょう。
 
葬沢の事は、私も全然知らなくて、そもそも鳥居峠での戦いすら知らなかった。
前の米原の蓮華寺でも、北条方が400名以上も自害した場所だったし、昔の戦いは命がけで過酷ですね。
500名もの戦死者で谷が埋もれたって。。。凄く衝撃です。

うちの近くにも中山道があって、確か赤坂宿のお祭りで、皇女和宮と姫宮行列が行われますよ。
皇女和宮も、この過酷な峠を通ったのですね~
鳥居峠辺りは、山賊も出たと言います。
大変な旅だったでしょうね~
東海道がメジャーに思っていましたが、中山道も皆さん歩いていたみたいですね。
昔の旅は、歩きだから、ある意味命がけみたいな感じですね。

今回の3日間は、木曽を満喫しました(^o^)/
岐阜も田舎だけど。。。。
長野の自然は素晴らしいですね。
また歩きに行けたら良いなぁと思います。

すばらしいコースです。

Googleアースでチェックしました。

今は道路も線路もトンネルだけど、昔は峠道を越えたのですねえ。。。

良いところに目を付けましたね。

葬沢は知りませんでした。長篠で信長に大負けした勝頼を見限って木曽義昌が信長方について、それをやっつけられなかった勝頼はその後家臣団がばらばらになり、最後は孤立して裏切られて悲惨な最期を遂げました。

言わば、武田家崩壊・勝頼悲劇の始まりですね。武田はもともと地侍の集団でしたから、離反するのも早かったようです。

是非私も行ってみたい所ですねえ。いいなあ。。。。

もう一つうんちく。

江戸時代でも東海道は大河越えが多く旅人は苦労したようです。それで結構中山道が利用された模様です。

皇女和宮も江戸将軍家に嫁入りするときに、中山道を通りました。

木曽路は素晴らしい!
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