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三井寺

7月13日(土)曇りのち雨
西国三十三ヵ所巡り(大津編)

前回の続きです。
最後に向かったのが、長等山園城寺(三井寺)です。

三井寺

石山寺では、晴れていて暑い位だったのですが、三井寺に向かっている途中にひどく雨が降り始めました。
車から出られない位の土砂降りでしたね~
しばらく待っていると、雨が弱まってきましたが、また強く降るのは必至。
今のうちに参拝しなくては…
前に来た時も、雨だったなぁ~~~

672年、前年の天智天皇の永眠後、大友皇子(天智天皇の子:弘文天皇)と大海人皇子(天智天皇の弟:天武天皇)が 皇位継承をめぐって争い、壬申の乱が勃発。 壬申の乱に敗れた大友皇子の皇子の大友与多王は父の霊を弔うために 「田園城邑(じょうゆう)」を寄進して寺を創建し、 天武天皇から「園城」という勅額を賜わったことが園城寺の始まりとされています。

俗に三井寺と呼ばれるのは、天智・天武・持統天皇の三帝の誕生の際に 御産湯に用いられたという霊泉があり「御井の寺」と呼ばれていたものを後に 智証大師円珍が当時の厳義・三部潅頂の法儀に用いたことに由来します。

三井寺

閼伽井屋。
三天皇の産湯に使われたいう泉が湧いています。
耳を澄ますと、ポコポコと水の湧いている音が聞こえてきます。

三井寺

鐘楼。
梵鐘は、近江八景「三井の晩鐘」で知られています。
宇治の平等院・高雄の神護寺と共に、日本三銘鐘に数えられています。

三井寺

弁慶の引き摺り鐘。
「寺門伝記補録」には文永年間にこの鐘が叡山に持ち去られていたとの記事があるり、 鐘の損傷は山寺両門の抗争の名残と思われます。 幾度となく焼き討ちに逢った三井寺の苦難の歴史を象徴する遺品と言えます。

三井寺

1601年、徳川家康より寄進された三重塔。
元は奈良県比蘇寺の塔で、室町初期の建築です。

三井寺

三井寺

とても広い境内です。
たくさんの歴史ある建築物がありました。

今回の主目的は、西国三十三ヵ所の14番札所の観音堂です。

三井寺

観音堂に到着するやいなや、ザァーっと雨が降ってきた。
ひどい雨です。。。

三井寺

御朱印を頂き、しばらく観音堂で雨やどりしました。

三井寺

以前来た時には、ここから琵琶湖が見渡せたのだけど…
全く見えませんでした。

少しだけ雨が弱まったので、駐車場に向かって歩き始めたのですが…
水たまりに軽石が浮いている場所があって、石の上かと思って足を踏み出したら、思いっきり水たまりに足を踏み入れてしまった。。。
あ~あ、靴下までびしょ濡れです。。。

ちょっと雨にたたられちゃったけど、大津のお寺巡り、無事終了致しました。
石山寺と三井寺は、歴史もあるし、大きなお寺でしたね~

また機会があれば、お寺巡りに行きたいと思います。

おしまい。
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