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醒ヶ井宿から関ケ原宿へ

7月14日(日)曇り時々雨
岐阜ウォーキング協会例会
『醒ヶ井宿から関ケ原宿へ』
コース:醒ヶ井駅前→地蔵川/加茂神社→柏原宿(柏原歴史館)→寝物語の里(県境)→妙応寺
    →常盤御前の墓→不破の関守跡→八幡神社→JR関ヶ原駅
歩いた距離:16キロ
歩いた時間:9:40~14:55 5時間15分

6月初めの長良川ツーデーの時に、今回の例会の案内をもらったので、お試しで地元のウォーキング協会の例会に参加してみました。
今回のコースは、中山道を歩くコースで、なかなか興味深い。

集合場所の醒ヶ井駅に到着すると、すでに何人かのウォーキング協会の方が居ました。
当日申し込みをして、ウォーキング協会の方々と一緒に歩きます。
今回は、100名近くの参加があったみたいです。

私の年代は、一人も居なくて、皆年上の方ばかり。。。(^_^;)
いかにも歩くぞ的な格好の私は、ちょっと目立ってました。

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駅近くのお店では、綺麗な水が湧いてました。
さすが醒ヶ井ですね~

開会式の後、ストレッチをして、スタートです。
まず向かうは、醒ヶ井宿。

醒ヶ井宿を流れる地蔵川では、バイカモの花が見ごろを迎えているとの事で、観光バスが何台か来ていました。

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明治時代の醒ヶ井小学校の玄関。
昔の建物って、なんか味わいがあって良いですね~

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地蔵川。
とても清らかな川の流れです。

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バイカモはキンポウゲ科の水生多年草で、清流にしか育ちません。

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7~8月頃に、梅の花に似た白い小花を咲かせる事から「梅花藻(バイカモ)」の名が付きました。
とても小さな白い花が、いっぱい咲いてました。

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居醒の清水。
醒井の地名の由来であると言われています。
日本武尊が伊吹山の大蛇を退治した時に、その毒で高熱を出したのを、この清水で冷やした所から、この名が付いたという。
今でも水が湧き出ていて、地蔵川は、ここから突然現れています。
清水にしか住まないハリヨも、ここには居るみたいです。

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日本武尊像もありました。

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今回のウォーキングでは、このようにお地蔵さんが一か所に集められているのを、たまに見掛けました。
とても古そうなものに見えるのですが…

梅花藻は、有名で知ってはいたのですが、今回初めて見れたので良かったです。
醒ヶ井の水の美しさには、ホント感動しました。

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お天気が心配でしたが、良い天気です。

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6.3km程歩き、柏原宿に到着しました。
この日は、蒸し暑かったので、スタッフの方々の、細やかな気遣いで、何度も水分補給の休憩がありました。
しかし暑い中、歩き慣れてない方は、かなりしんどそうでした。

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柏原宿歴史館見学と昼食で、1時間ほどのフリータイムがありました。

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柏原宿は、規模が大きく、こちらの看板は、「伊吹もぐさ」の老舗伊吹堂です。
建物も、当時のままだそうです。
江戸時代、かなり賑わっていたのでしょうね~~~

リスタートです。
一部の方は、ここで終了。柏原駅から、帰宅されました。
かなり暑かったですもんね~

この辺りから、雨がパラパラ。
雷も鳴り始めました。。。
あ~ぁ、降ってきちゃったよ(^_^;)

しばらく行くと、県境。

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寝物語の里。
美濃の国と近江の国の国境の小さな溝を隔てて建つ、両国の旅籠の泊り客同士が寝ながら話が出来た事から付いた呼称です。
滋賀には良く行くけど、歩いて県境を越えたのは、初めてかも??

狭い道を進んで行き、青坂神社の境内に出た。

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徳川家康腰掛石。
家康は石田三成の居城のある近江佐和山へと軍を進めているが、その途中、今須宿の伊藤家で休憩した。
その際、庭にあった石に腰掛けたといい、のちに本陣の指定を受けた伊藤家では江戸時代を通じてその石を大事に保存してきたといわれる。
明治 3年(1870)に本陣が廃止されると、大石は今須の青坂神社の境内に移され、「徳川家康腰掛石」として公開展示保存されることとなり、現在に至っている。

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たぶん今須峠あたりかな?
あじさいが綺麗に咲いていました。

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常盤地蔵。
しばらく行くと、常盤御前の墓。

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都で一番の美女と言われ、十六歳で義朝の愛妾となった常盤御前。
義朝が平治の乱で敗退すると、敵将清盛の威嚇で常盤御前は今若、乙若、牛若の三児と別れ、一時期は清盛の愛妾にもなります。
伝説では、東国に走った牛若の行方を案じ、乳母の千種とあとを追ってきた常盤御前は、山賊に襲われて息を引き取ります。
哀れに思った山中の里人が、ここに葬り塚を築いたと伝えられています。

常盤御前の人生は、なんか悲しいですね。。。

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黒血川。
黒血川という名前は壬申の乱の際,この川の水が戦った兵士の血で黒く濁ったことからつけられているらしい。
黒血川を挟んで西に若宮八幡社があり、大友皇子が祀られている。
東に井上神社があり、天武天皇が祀られている。

大津市にある三井寺(園城寺)近くに大友皇子の陵があり、大友皇子たちは大津京を眼下にして自害したと思われる。

つい前日に三井寺行ったばかりです。
なにか縁がありますね~

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藤古川。
672年、大友皇子(弘文天皇)と大海人皇子(天武天皇)が関ヶ原で戦った壬申の乱では、藤古川をはさんで両軍が対峙したと言われている。

関ケ原と言えば、1600年の天下分け目の戦いが思い浮かびますが、大昔にも天下分け目の戦いが行われたのですね。

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不破の関跡。
壬申の乱の翌年、天武天皇はこの場所に不破関を設置し、天下の変乱に備えるために通行人たちを取り締まりました。「不破関」は、越前の「愛発関」、伊勢の「鈴鹿関」と並んで日本三関のひとつと呼ばれています。中央には東山道(のちの中山道)が通り、通行人は目的地や携帯品などを書いた証明書を見せて通らなければなりませんでした。関所は、延暦8年に世の中が静まり、その必要性がなくなったため取り壊されたそうです。この不破関を境に関東・関西の呼称が使われるようになったともいわれています。

ちょっと盛り盛りで、全部書き切れませんでしたが、たくさんの興味深い史跡がいっぱいあり、今回のウォーキングは、なかなか勉強になった。
関ケ原に、これほどまでに壬申の乱の史跡が残っているとは、知りませんでした。
常盤御前のお墓も、初めて知りました。

関ケ原駅でゴール。

岐阜ウォーキング協会の例会は、とても歩きやすかったし、要所要所で、その場所の説明とかもしてくれて、ちょっと大人の遠足風で楽しかったです。
皆のペースを見ながら歩いてくれていたので、とても楽に歩けましたしね~
また機会があれば、岐阜ウォーキング協会の例会に参加したいと思います。

GWA

関ケ原駅。
らしいでしょ(*^_^*)

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雨は上がりましたが、伊吹山は綺麗に見えず、残念でした。
ウォーキングの時って、あまり綺麗に見えたことないんですよね~(^_^;)
今年の夏は、伊吹山頂に行きたいなぁ~~~
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くりさまへ

こんばんは。
コメントありがとうございます。

今回のウォーキングのコースは、とても勉強になりました。
関ケ原と言えば、1600年の天下分け目の戦いがあまりにも有名すぎるので、それ以外の物は、霞んでしまっていましたが、実際に歩いてみて、壬申の乱の史跡などもあって、新たな発見でした。
2回も天下分け目の戦いがあったなんて…ちょうど分岐点なんでしょうか?

常盤御前が、あのような亡くなりかたをしていたとは…哀れですね。
中山道は奥が深いですね~
岐阜の例会では、定期的に中山道シリーズを歩いているみたいです。
また参加してみたいなぁ~~~

京都にも醒ヶ井があるのは、知りませんでした。
なにか関係があるのかも知れないですね~
米原辺りは良く歩くのですが、あの辺りの水は、ホント澄んでて綺麗な水なんですよ~~~
伊吹山が育んでいるんですかね~

また歩いてみたいコースでした\(^o^)/

今回はすばらしいコースですね。

醒ヶ井って京都にもありますよね。京都3名水。関係あるのかな。

常盤の墓にはびっくりです。面白い。

関ヶ原にはどれだけの兵士が眠っているのでしょうか。すごい所です。

醒ヶ井の清水と関ヶ原の流血とのコントラストが実に対照的です。
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